カサンドラな私の熟年離婚

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ハワイで娘と二人泣きながら歩いた

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以前書いたこの記事⇓

義家族の訪問(食事編)と深く傷ついた出来事 - カサンドラな私の熟年離婚

と似たような出来事がハワイに行ったときにおこりました。

 

ハワイ旅行

 

ウシ夫の家族は仲が良いです。

義両親と義姉の家族(義姉夫婦と娘のはなちゃんと息子のたーくん)と我が家とでいつも集まったり旅行に行ったりしています。

 

今から8年くらい前でしょうか。

そのころはすでに義父は亡くなっていましたが、義姉の娘のはなちゃんが結婚することになり、その前にいつもの一族で最後の旅行しようということになってはなちゃんの希望でハワイに行きました。

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ハワイでの夕食

 

昼間は一緒に行動することもあれば、それぞれの家族で行きたいところに行ったりもしますが(子どもたちの年齢が結構離れているので興味のあることが違うため)夜にはみんなで集まって食事をします。

 

そんな時娘のメイはなぜだか不機嫌になり、兄のコウの悪口を言ったり食事の場の雰囲気をわるくするような態度をとったりすることがよくありました。

 

小学校の高学年だったと思いますがこのころは反抗期なのか思春期の入り口なのか、他の親戚の集まりなどの時もよくそんな風になりました。

周りを試しているのかそれともいつもと違うシチュエーションにどうふるまうことが正解なのか判らずに戸惑っていたのでしょうか?

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ステーキ店での出来事

 

たしか二日目の夜のこの日はワイキキから少し離れた場所にあるステーキのお店に行きました。

 

前日の夕食もメイの不機嫌で気まずい感じになっていました。

メイはこの時もなんだかんだと文句を言ったり運ばれてきたサラダの野菜をガチャガチャとナイフで切り刻んだりしていました。

私は何度が小さな声で「メイ!」「メイちゃん」と注意をしましたが、どんどんエスカレートしていく。

こんな時はウシ夫はいつも知らん顔です。

他のみんなはうつむいたりして嫌な顔をしていたと思います。

 

そしてわがままさく裂したメイはナイフを床に投げつけたのです。

 

さすがに私も怒って「メイ、いい加減にしなさい!」と怒鳴りました。

 

お店の方は「OK OK!」と大丈夫という仕草をしれくれましたが、そこでまだ悪態をついているメイに

「そんな態度ならもうお母さんとホテルに帰ろう!」

と怒った口調で言いました。

 

メイはもちろん

「嫌だー」

と言っていましたが、私はメイの手をつかんで席を立ちました。

 

周囲の反応

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そこはハワイ。

アメリカです。

そんなことは虐待だったかもしれません。

お店の人は止めようとジェスチャーしてくれました。

 

それが正解だったのかは分かりませんが、私はここは叱らないといつまでも続くと思ってそうしていました。

そしてクールダウンが必要だとも思っていました。

 

そんな時はウシ夫が

「まあまあ」とか「もうちゃんとするよな」などと言って収めてくれたらいいのにと思いました。

ていうか逆の立場が良かったけど。

片方が叱って片方がなだめる。

 

でも「帰ろう」と言ってる私の横でウシ夫は

「そうだー。帰れ、帰れー。」

と言いました。

もう私は後には引けません。

自分で帰ろうと叱っている手前、自分でひっこめるわけにはいきませんから。

 

店の人や他のお客さんが見ている中、私はメイの手を引っ張ってドアから外に出ました。

メイは

「ごめんなさい~」と泣いています。

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ホテルに戻る

 

誰かがドアの外まで追ってきてくれるのではないかとすぐには歩きださずに立っていましたが、だれも出てきたりはしません。

メイになぜ叱られたのかわかる?というような話をしました。

入り口のドアの方を再び見ましたが中の様子はうかがい知れずドアが開くこともありません。

ウシ夫の育った家族です。

みんなウシ夫と同じ気持ちだったのでしょうか。

少し経ってからホテルに向かって歩くことにしました。

 

ワイキキから少し離れたそのお店の場所がいったいどこなのか、来るときは連れてきてもらったのでよくわかりません。

 

ホテルに帰るにはとにかく見慣れたワイキキの通りにたどり着けばなんとかなるだろうとスマホのグーグルマップをみながら歩きだしましたが、だんだん悲しくなってきて大声で泣いているメイと一緒に私もポロポロと涙を流しながら歩きました。

人通りのない薄暗い道だったので誰も見てなかったと思います。

 

結局また今回も最終的に私が雰囲気をぶち壊してしまったことになります。

 

まだ食事は始まったばかりでサラダを少し食べたところで出てきてしまったので私もメイもおなかが空いていましたが、どこかで何か食べ物をを買って帰る気にもなれずホテルに直行しました。

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そのままメイと二人部屋に着いても泣いていました。

 

それから2時間くらい経ったころでしょうか。

帰ってきたコウとウシ夫が部屋にやってきました。

コウは義母が買っていけと言ったからとケンタッキー・フライド・チキンを持ってきました。

ウシ夫は黙っていました。

 

そのチキンを食べたのかどうかは憶えていません。

 

もう早く日本に、家に、帰りたかった。

 

翌日は…

 

その翌日の夕食は理由は忘れましたが、義姉夫婦とはなちゃんとウシ夫は別行動でした。

なので義母とたーくんと私とコウとメイでこれまたタクシーでワイキキとは結構離れたベトナム料理だったかの店に行きました。

 

ホテルを出る前にメイにはもう昨日までみたいな態度をするのなら最初から食事には行かないと言い渡していました。

メイもさすがに懲りたのか、それともあらかじめどうふるまうべきか伝えたからか

「分かった」

と言い普段通りに普通に食事をしていました。

 

その翌日にまた最後にみんなで食事をしましたが、不機嫌になったりはせずに普通に食事を楽しむことが出来ました。

 

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最後に

 

でも、やはりなんというのかこの出来事で私はこの一族の一員ではないというか、ウシ夫と家族ではないというかそんな疎外感を覚えました。

 

そして結局は私がいつもその場を台無しにしているのだなと思いました。

相変わらず気の強い嫁だと思われたかもしれません。

でも私たちが帰った後は前回の出来事同様に残ったみんなで楽しく食事をできたみたいなのでもしかしたら「良かった」と思われていたのかも知れません。

 

この出来事も今もずっと忘れることができません。

私はどうするべきだったのでしょう。

 

これはのちにこのあとの出来事にも影響することになります。

 

その出来事はこちら⇓

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