カサンドラな私の熟年離婚

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最近の事をご報告 モラ夫との別居まで

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前回までは家を建てた10数年前のところまで、一部を除いて時系列でこれまでの出来事を書いてきました。

 

その10数年前から今日までの間にもまだまだエピソードはあるのですが、ここらで一度今現在はどうなっているのかをお伝えしようと思います。

 

今はまだ離婚は成立していません。

別居の状態がつづいています。

 

そのあたりの事をしばらく続けて書いていきます。

 

 

気持ちを振り返る

   

モラ夫であるウシ夫と出会い結婚し、それからは幸せと感じることよりビックリして悲しくなることの方が多い日々でした。

 

でも暴力を振るうわけでもなくお金を入れないわけでもなく私に何かを制限するとか束縛するとかいう訳でもない。

 

ただ自分最優先家事は一切せず子どもの事にも無関心で一緒に悩んだり喜んだりという私の希望が叶わないだけ。

 

経済力の無い私は子ども達を連れてウシ夫から離れるというほどの勇気もなく、このままやり過ごしていくしかない。

 

多かれ少なかれどこの夫婦も何かしら相手に不満を感じながらもやっていってる、そんなもんだろう、と自分に言い聞かせてここまで来ました。

 

自分の気持ちにフタをして気づかないようにして、何事もないようにウシ夫ともウシ夫家族とも過ごしてきました。

 

いえ、気づいてなかったというよりはウシ夫は別に悪気もなく、家族のことを大切にしているつもりでいるのだろうと分かっていたので嫌いになってはいけないと自分に言い聞かせていた、という感じが近いでしょうか。

 

でももうきっとずいぶん前から悪気やそんなつもりではないとしても、自分勝手で家族のことを顧みず私の気持ちなど考えたこともないウシ夫の事が大嫌いだったと思います。

 

その封じ込めていた気持ちが解放?されたのは、最初の「はじめまして」の記事にも書いているように昨年の3月に「離婚」を言い渡され、10月にウシ夫が家を出て別居状態になった時でしょう。

もう思い切り嫌いで良いのです。

 

今現在に至る過程

 

こう言われたきっかけについてはまた詳しく書いていくつもりですが、ここから始まりました。

 

3月にウシ夫に言われたのは

「別々に暮らさへんか?」

でした。

それに対して私が

「それは具体的にはどういう事?」

と聞くと

「離婚やな」

との事でした。

 

そして

「あんたら3人ここで暮らしいな、オレが出ていくから」

と。

 

私は

「分かりました」

と答えました。

 

ちょうど昨年大学を卒業した息子が、その前年大学の授業が全部リモートになったために大学の近くに借りていたアパートを引き払い自宅に戻っていました。

 

その時に使っていたベッドや冷蔵庫、洗濯機、テレビ、机、などなどが持ち帰られていましたが、就職先がまた遠方のためそれらは持っていく予定です。

 

ですがテレビや本棚、食器棚などはもう持って行かないということでリサイクルショップにでも売ろうと思って玄関近くの部屋に置いてありました。

 

 



ウシ夫が

「これはもろてもええん?」

と言うので

「どうぞ」

と答えると

「めぼしいものを見繕って少しづつ運ぶわ」

と言いました。

 

なのですぐにでも出ていくのかと思いきや、6月になっても何事もなかったかのように毎日私の作ったご飯を食べ、洗濯した服を着、お風呂を自分の都合で沸かしてもらい過ごすのです。

 

いったいどういうつもりでいるのかさっぱり分かりませんでした。

 

「離婚」とか「別居」とか言ってみたものの本気ではなかったのかな?とも思ってみたりしましたが、もう私の方はすっかりその気だし、ウシ夫の方も多分いつか出ていくつもりはあるのだろうと思っていました。

 

続きます。

 

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